練習を休まずに治療することはできないか?―昨年30周年を迎えた「音楽家専門外来」を受診した皆さんが決まって要望されたのがこのことです。「病院にかかっても『練習しすぎて痛んだのなら練習を休みなさい』と言われるだけだった。休めば確かに痛みませんが、練習を再開して痛みが再発したら、演奏が下手になっただけで何の解決にもなりません。」と訴える音楽家の患者様が実に多かったのです。
 練習を休まずに治療するにはどうしたらいいか?―これが過去30年間音楽家を治療した私が念頭に置き続けてきたことでした。そのためには病院を訪れた音楽家の人たちに実際に演奏していただく必要があり、それが可能な環境を東京女子医大附属青山病院に作っていただいたのです。
 2012年には国際手外科学会のMusician’s Hand Committeeの議長に選出され、欧米の手外科医とインターネット会議を重ねて、世界初の音楽家の治療ガイドラインの編纂を目ざしています。  一方バレエ・ダンサーの障害については、20年前の米国留学時代にニューヨークのハークネス・センターのダンサー医学外来に滞在し、当時新進気鋭の整形外科医であったDonald J Rose医師の薫陶を受けました。アメリカン・バレエ・シアター(ABT)、ニューヨーク・シティ・バレエ(NCB)といったクラシック・バレエ団ばかりでなく、ブロードウェイの舞台に立つダンサーたちの診療を通じて、過酷な環境で常に危険と隣り合わせで踊るプロのダンサーの姿に心打たれたことを覚えています。その後Rose医師はハークネス・センターのセンター長になり、私と国際的なバレエ・ダンサーの医療ネットワーク構築を計画しています。
 現在、日本演奏家医学研究所は2015年5月に設立した「さかい整形外科」内にありますが、将来独立した研究機関として音楽家およびバレエ・ダンサーの医療の研究を担いたいと切望しております。

さかい整形外科 院長   酒井直隆