音楽家の手の障害

音楽家の手の痛みというと、すぐに腱鞘炎を思い浮かべる人が多いと思いますが、腱鞘炎が原因になるのは全体の三分の一ほどでしかありません。

音楽家の障害の種類
腱鞘炎 30%
付着部炎 25%
筋肉痛 15%
神経障害 15%
関節痛 10%
首・肩痛ほか 5%
 

 上の表は音楽家の手の痛みを診断名で示したものですが、ここでも腱鞘炎が30%しか占めていないことがわかります。その理由は簡単で、腱鞘という組織自体が肩から手先までの上肢の中で、ごく一部にしか存在しないからです。腱鞘が存在しない場所を指差して「腱鞘炎になった」とおっしゃるピアニストの方が意外に多いのに、診療するこちらが驚かされています。

 音楽家の手の痛みの大部分は、関節を動かす筋肉にかかわる組織の炎症です。

 人間の運動の基本は、関節を筋肉が縮んで動かすことで成り立っています。関節は骨と骨が繋がったもので、骨同士の間を筋肉が結んでいます。筋肉は骨に固くくっついていますが、この部分を特に付着部と呼んでいます。筋肉が縮むと、付着部でくっついた骨を動かします。これによって手足の関節が動くのです。  時には筋肉の端が腱という白い紐状の組織となって、長く伸びていることもあります。この場合図2のように、腱はトンネル状の組織の中を通り抜けることがありますが、このトンネル状の組織が腱の鞘(さや)、つまり腱鞘なのです。腱鞘の役割は腱が本来の道筋から外れないようにすることです。

 筋肉が縮んだり緩んだりすることを繰り返せば、腱鞘の中で腱が頻繁に擦れて痛むことがあるでしょう。これが腱鞘炎です。

 しかし同時に、筋肉の使いすぎで筋肉自体が痛んだり骨に付着する部分にストレスが集中してここが痛む場合も考えられます。筋肉が痛んだ状態を筋肉痛(あるいは筋肉炎)、付着部が痛む場合を付着部炎といいます。

 上の表を見ればわかるとおり、腱鞘炎、筋肉痛、付着部炎の3つだけで、音楽家の手の痛み全体の70%を占めています。つまり音楽家の手の故障の大部分は、弾きすぎにより筋肉や腱にストレスが加わることによるものなのです。

 したがって、筋肉をどういたわるかが痛んだ際のケアや予防に重要になってきます。